19 上座部仏教
19 上座部仏教
さて、ここからは2人の娘は、見ていいよ。
本当はどこを見てもいいんです。でもややこしいのも事実なので、
少しずつ理解していきましょう。
一緒にいた頃も念仏を唱えていました。
ただ、あの仏教は日本の仏教と違います。
と言っても、最終的にブッダを唱えるのは一緒です。
仏教は、インドから世界へ伝達したのですが、
大きく分けて2つのルートがありました。
満州、モンゴルに伝わった。
だから、仏教の中味が違うのです。お父さんはやはり日本に帰って、
“上座部仏教は基本的に自己完結的で、個人が修行し、「悟り」を開くことを目的としている宗派のことを指します。”
“釈迦によって定められた戒律と教え、悟りへ至る智慧と慈悲の実践を純粋に守り伝える姿勢を根幹に据えてきた。”
“教義は苦の輪廻から解脱することを目指している。”
元はと言えば、上座部仏教が本来、ブッダが始めた教えだったので、
こちらは歴史が長いのです。
「ブッダ」と言う日本映画があるんですが、ブッダが王様の子から、
目覚めて、出家して菩提樹の下で、
長い時間、悟りの為に修行するわけですが、
簡単に言えば上座部仏教ではこれを自らが自らの為に行い自らが、
悟る。と理解しています。
その修行者を阿羅漢といい、ブッダの教えのみを信じ、解脱を目指す。
ただし、人間であるから在家の信者の理解と支援がなくてはならない。
この支援が、在家信者の徳を積むと言う形で、現れている。
阿羅漢はただひたすら修行し、在家は徳を積む。
寺を作り、
仏像を作り、
食べ物をお坊さんに食べて頂く。
阿羅漢と在家信者の、
give AND takeはここに成り立つ。
私の娘であればこの点は詳しい筈です。
ただ「ブッダ」について言えば、やはりこの人はスーパーマンですので、
自分の為に修行をする=人類の為にと言うところか?
人類と言う視点が、昔、あったのかわからない。
私がそちらにいた時は、それはどれだけのお寺を回ったか知れない。
お前たちには内緒だったが…
写真も、それだけ撮った。
徳を積むと言うのはわかった。
ただ自分への批判として、
仏教の持つ、
建物、
仏像、
お寺の居住まい、
などに興味を持ち、
その奥にある教義なりに浅かったのです。
言葉の勉強が足りなかったと言う事もあります。
そして何より、
輪廻転生、
今回8カ月入院して、私の耳にいつも響いていたこの言葉。
“あなたの人にした事は全て、あなたに戻る。”
ということです。
この言葉が何度響いたことか?
私はこれについて知りたい。
これはバチが当たると言う意味ではない。
全てが戻り、そして次の人生にそれを持っていくのでしょうか?
“仏教では、亡くなった方は来世で仏弟子として生まれ変わるとされますが、神社神道では、亡くなった方は、火葬・埋骨された後もその霊魂は祖先の霊とともに家にとどまり、遺族の守り神になるとされます。“
”タイ仏教では「輪廻転生」の考えがベースになっています。生きている間に繰り返し善い行いを積むことで、次に生まれ変っても、不自由のない人生を迎えることができる、というブッダの教えが全てということになります。“
次回は、大乗仏教を見て、
そして毎日祈る仏様の話をしたいと思います。