女は二度生まれる1961年日本大映
あらすじ
「芸なし芸者・小えんは、本能の赴くまま気の向くまま行動する天衣無縫の性格。男相手に商売を続ける彼女は、ある日、道中ですれ違った大学生・牧にほのかな恋心を寄せる。そして、矢島という遊び人と箱根へ行った帰り、小えんは初めて牧と話をするが…。」Wiki
○監督 川島雄三
○出演 若尾文子, 藤巻潤, 山茶花究
○著作権回避 イメージ写真
ちょっと若尾文子に似ているような??
○映画のジャンル
淡々と語る、ある芸者の物語。
○最後まで見たか?
見ました。
○ビックリしたか? 驚いたか?
ビックリはしないが、面白いです。
○もう一度見たいか?
はい。
○一緒に見て困る人はいるか?
困る人はいませんが、子供さんが見ても多分味わいを感じないかもしれません。情事のシーンをまるでお風呂に入るかのように、象徴でスルーします。
○特筆すべき男優、女優はいますか?
若尾文子の魅力満開、そういうふうに案内には書いてありますが、若尾文子という女優は芯が強そうでしっかりしていて、言いたいことは何でも言う美しい女優です。その癖、謙虚さがある。今回は先輩に虐められるというような、年長者にいじめられるというような設定ではなく、無芸の芸者さんで、いわゆる売春を時々やって生活を立てて行くと言う女性。人に下に見られても軽んじられても飄々と生きていく、そういう姿を見事に演じています。飄々と生きる、これがテーマです。
「男に便利に甘えられる、飄々として美しい女」
あれだけたくさんの映画に出た若尾文子さんの、飄々と映画界を駆け抜けてきたその姿を、切り取ったような素晴らしい映画です。期待して生きているようで、何度も裏切られますが、その度にすっと切り替える姿は、おそらく監督さんから見ても、本来の若尾文子さんそのものなのでしょうし、魅力なのでしょう。
そういう、女優に対する愛情が感じられ、着せ替え人形のように35枚の美しい着物を纏い、若尾文子絵巻のような映画です。
私事になりますが昔、深夜番組でよく古いドラマの再放送をやっていて、その時に若尾文子がしょっちゅう「団地妻」の役などで出てきて、この人の運命との接し方とか、ものの諦め方とかそういったものが、呼び起こされました。どうしようもない状況でも、サバサバとして、見るものを勇気づけてきたのではないでしょうか?
彼女を愛人にする山村聡も、見事に業の深い、愛人を持つ旦那の悲哀を演じております。
○印象に残るシーンは?
この物語に大きな転換点とかそういうものはありませんが、彼女のいる芸者の詰所のようなところで、いつもどんどんとする音、それは靖国神社の太鼓の音(ウィキによれば、朝6時に21回たたかれるとあるが、劇中では、そんな朝早くは見えませんが。)だそうで、その音を聴きながら、 彼女は客を取るのです。 それが非常に象徴的で面白いシーンではありました。
○監督については?
川島雄三、松竹を中心に文芸作品をメインで撮ってきた監督のようです。あまり見たことがありませんでした。
○仏教的にはどうか?
何も願わない何も期待しない、もし裏切られても、望みが消えても、さばさばと次の足を踏み出す、そういう人生、非常に仏教的でした。
○これ以上言う事は?(ここは、思い入れがある場合に書く。長文注意)
このような映画は、上述の若尾文子を深夜に再放送で見た団地妻のドラマのように、他人にとってはどうでもいいいことではあるが、その一生ではなく、あくまでも一時期、一季節を切り取り、これを鑑賞する。そこに大きな感動や、気持ちの高揚、抑揚、悲劇、ハッピーエンドはないが、何故か心が満たされる。こういう映画を作れる人が、映画を作ることで功徳を積むのでしょう。
合掌