migihanshin’s blog

半身不随だけれど 明るく しぶとく 生きていこう!

大樹の歌 1959年 インド

大樹の歌 1959年 インド🇮🇳

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○立ち位置

「サタジット・レイのオプー・シリーズ完結篇。第一部「大地のうた」では主人公オプーの出生から少年期を、第二部「大河のうた」では両親を失くしたオプーが学業を終え自立するまでを、この第三部ではオプーが結婚して子供を生み、育てる過程を描く。」movie walkers

 

○あらすじ

「肉親のことごとくを失って身寄りのなくなったオプー(S・チャッテルジーカルカッタの粗末なアパートに住み毎日職さがしにかけずり廻っていたが、思うように仕事は見つからなかった。部屋代はたまり、満足な食事にもありつけない始末だったが、暇をみては自伝的な小説を書きながら作家として立つ日を夢見ていた。ある日、親友のプルー(S・ムカージー)が訪ねてきて、彼を故郷のクルナに誘った。プルーは従妹のオプルナ(S・タゴール)の結婚式へ参列するため帰郷するのである。クルナは豊饒な美しい土地、と聞いていたのでオプーも同行することにした。」

movie walkers

 

Wikipedia

 

物語の舞台クルナとは

西ベンガル州/ウェストベンガル州(にしベンガルしゅう/ウェストベンガルしゅう、ベンガル語: পশ্চিম বঙ্গ(Pôščim Bôngô)、英語: West Bengal)は、インド東部の州都コルカタ公用語ンガル語。面積8万8752km2、人口9,134万人(2011年)」Wikipedia

 

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インドの公用語とは

「インドには、色々な人々の集団があると共に、それらの人々が話す多様な言語がある。少なくとも30の異なる言語があり、全体で、2000前後の方言が知られている。」Wikipedia

 

インドが独立したのはいつ?

「75年前の1947年8月15日、イギリスの植民地だったインド帝国が解体し、インドはイギリスから独立しました。 もともとインド帝国は現在のインドだけでなくパキスタンバングラデシュなどを含む広大な国でした。

【8月15日は何の日】75年前、インドがイギリスから独立 - ツギノジダイsmbiz.asahi.com › article

 

最初のシーンの「革命」とは

「革命社会党(英:Revolutionary Socialist Party, RSP)はインド左翼政党1940年インド国民会議の左派である会議派社会党から分離して創設された。マルクス・レーニン主義を掲げるものの、スターリン一国社会主義論には批判的であった。しかしトロツキズムにも賛同せず、独自の政治姿勢を採った。

現在は西ベンガル州などに地盤を有し、共産党主導の左翼戦線に参加している。ローク・サバー(インド連邦下院)には1議席(2019年5月時点)を有し、西ベンガル州議会には17議席を有して左翼州政権連立与党となっている。」Wikipedia

 

○ネタバレ

 

○所感

既に「大地の歌」は見た。「大河の歌」はまだ見ていない。そしてこれは第三作目、「大樹の歌 」である。(大が3つ、間違え安いので注意して下さい)これもいい映画だ。この「大樹のうた」も「大地のうた」に勝るとも劣らない良い作品だ。「大地のうた」が主人公オプーの幼少時を描いているのに対し、「大樹の歌」は学生を終え眼鏡をかけた、社会人のオプーが描かれている。彼は作家も志しているようだ。

映像の白黒の陰影は、以前の「大地の歌」より濃く薄暗い、オプーの置かれている現実の厳しさを投射している。カルカッタの操車場の側のアパートは、小さく汚いが、オプーはそこに染まって黒く濃くなったみたいだ。

最初から気になるのは、ベンガル語のテロップ、映画の言語もベンガル語である。映画の最初の表記で、オープニングクレジット 、タイトルロールなどに踊るこの文字は、サンスクリット文字とは違う。何処か東南アジアの香りすらする。

僕は、インド語と言うのはてっきりサンスクリット語がメインだと思っていたが、上述のWikipediaのコーナーを見れば分かる様に30の言語、2000の方言。どうりで、結局のところ英語が公用語になり、英語が喋れない人は外国人の前では、無口になるわけだ。しかも、この映画の舞台は、インドの南東部、バングラデシュ🇧🇩との国境である。僕はインド南部、バンガロールにしか行かなかったが、英語が喋れない人はコミュニケーション出来なくて寂しく歯痒い思い出がある。女性に至っては姿を見るのも稀だった。

オプーが、結婚をするつもりもなく出かけていったクルナ。Wikipediaで調べると寧ろ、バングラデシュのクルナが出てきて、あれ?この映画はインド映画だよな、バングラデシュ映画じゃないよな、と思わず確認してしまった程である。

結婚式に呼ばれた家で、新郎が狂い結婚式そのものが中止になると言う、何とも奇抜なストーリー。でもそんな事もあるよなと、思わせてしまうのが、インドの文化の魅力で、人によってはインドを厭うところなのだろう。僕もその厭いの1人であったが、今思えば、出張の時、もっと外に出れば良かったと後悔している。

ベンガルと言う土地、言葉、音楽、1番最初のところで出て来る革社会党等、掘り起こせば掘り起こすほど深い映画だ。

 

○特筆スタッフ

 

音楽 Ravi Shankar 

「ラヴィ・シャンカル (ヒンディー語: रवि शंकर、英語: Ravi Shankar、1920年4月7日 - 2012年12月11日)は、インドシタール奏者。イギリス領インド帝国(現:インド)、ヴァーラーナシー生まれ。ラヴィ・シャンカー、ラビ・シャンカールなどの表記もある。

ジャズ歌手ノラ・ジョーンズと、シタール奏者のアヌーシュカ・シャンカル英語版)は異母姉妹で、娘である。また、ともに60歳前後で授かった子であるため、祖父と孫のように見られることが多い」Wikipedia

 

○監督 サタジット・レイ

 

○出演

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○オプー:ショウミットロ・チャテルジー

主人公。作家であり、貧乏人である。大地の歌であの小さかった、浅黒い目だけがやたらと大きなあの純粋な少年である。作家としての彼は、周りも大いに期待しているのだが、当時のベンガルの政治状況がそれを許さず、彼は首都カルカッタに行く。その彼を自分の田舎に呼び戻したのが友人オプルナであった。で正しいかな?

 

○オプルナ:シャルミラ・タゴール

オプーもそうだが、オプルナも見るからにインテリ。僕はこんなインド人🇮🇳に、何度遭遇したか知れない。オプルナは彼の家の結婚式にオプーを招待した。そして、その新郎が突然気が狂った。(或いは以前からか?)新婦のプルーは、ある期間に¥   オプーに白羽の矢が立つ。

 

○プルー:スワパン・ムカージ

目が顔の三分の一を支配する、これを美人と呼ぶには何か恐れ多い、神がかった女性。未だ10代であろう。彼女とオプーの会話が面白い。性的な表現は全く無く、会話に滲むかかあ殿下が素敵だ。彼女を怒らせると出る口癖。「リアリアリ 2度と話す事は無い」

 

○カジュル:アロク・チャクラバルティ

オプーとプルーの間に生まれた男の子。

これ以上はネタバレになるので辞める。

 

○ワードorシーン

〜インド的問答

カルカッタの操車場とクルナと言う素朴な村

〜「アリアリアリ 2度と話す事は無い」

〜カメラワーク

〜事故に遭う牛

〜「カジャルが生きているからオプルナは生きていない」

 

○総評

僕は、すっかりインド映画にやられてしまった。この後、インドの民族音楽を聴いてみた。この音楽を聴きながら、病院の食事を摂ると、心はすっかりマハラジャである。

 

マハラジャとは

「マハーラージャあるいはマハーラージャー(サンスクリット語: महाराज、Mahārāja、Maharajah)は、「偉大な王」、「高位の王」を意味するサンスクリット語の称号[1]。」Wikipedia

 

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プドゥッコーッタイ藩王国のマハーラージャのダルバール宮廷)、イギリス人の役人の姿も見える。」Wikipedia

 

マハラジャって、バブルが弾ける前に流行ったディスコの名前じゃないの?なんて事を言う日本人は、僕と同じ50代後半以前、昭和30年代、40年代生まれである。そして、インド料理、カレー店の紹介番組なんかにちょくちょく使われているワードだ。でもその語源は多分これだ。僕達は、アメリカの🇺🇸文化なら大手を振って歓迎だ。でも、実は仏教を始め、結構インドの🇮🇳文化の影響を受けている事を無意識のうちに隠す。いや、隠しているんじゃないのだ。触れないのだ。何故かは知らない。

一体、東南アジアの某国にいた時、何度インド🇮🇳の悲惨な状況を聞いた事だろう?インド🇮🇳に赴任した某自動車会社の駐在員は、定期的に僕のいた東南アジアの某国に、食材の買い出しに出張で来ていた。どれだけ衛生的に酷いのかと思っていたが、実際に行くと、一度も腹を壊すような事は無かったし、料理も美味しかった。むしろインド🇮🇳のファーストフードの方が不味かった。某国のシーフードの方が余程腹を壊した。

 

¥

 

でもこの映画¥で見れば、酷いのも事実なのだ。道端で人が死んで行く国なのだ。マハラジャとの格差は、正に般若心経の境地だ。

 

話を戻すと極私的映画レビューの締めは音楽だ。本当は、淀川長治さんの記事の話で締めようと思ったがちょっと、俗物的だったので辞めておく。興味のある方はCopyright © 2023 IVC,Ltdへ。

この、大樹の歌に流れるインドの🇮🇳音楽である。

Ravi Shankar 、あのジャズ歌手ノラ・ジョーンズのお父さんである。何だろう、この曲は。静かに出しゃばらず、辺りを瞬く間にインドにしてしまう。味噌汁が、漬物が、鶏が、インドの食卓になってしまい、思わず箸を置き、手で掴もうかと思ったほどだ。

いずれにしてもこの映画は、インド映画の総力戦だ。

 

では何故この映画のトマトは4つなのか?

5つにすべきだと思うが?

いやそれは不味い。

インド好きの人なら分かっている筈だ。

良いものほど隠したくなるのだ。

触れ無いで置くのだ。

ただ、インドの極貧の人々の幸せを祈りつつ。

 

合掌